飛べないブタはただのブタさん

ふと某フォイヤーの演奏会の録音を聴いて、ああなるほどと思ってしまったことがありました。まず音程が良ければ、よい演奏に聞こえるということ。もう一つは、音程が良くてもそれがよい演奏とは限らないことというもの。上の二つは一見相反してるようですが、結構ありがちで、奥の深い事実なんじゃないだろうか、と思います。

フォイヤーの演奏はとても上手いです。プロとかプロの卵がじっくり曲作りしていくと、こんな完成度の高い演奏に仕上げることが出来るのかと、プロの恐ろしさをただただ感じさせられました。

ただ、何か落ち着かないというか、しっくりこないというか、違和感を覚えるのもありました。特にハフナーやブラ3を聴いたときに強く感じたのですが、曲の完成度の高さばかりに目がいき、ふと思い返してみて何か強烈な印象が残った、というわけではありませんでした。「フォルテとピアノの差が激しい」「内声が聴こえる」というような感動はあるのですが、端的に言えば余韻がない、さっぱりとした感覚がありました。なぜなのかはよく分かりません。ただ身内を褒めるわけではないのですが、こないだのウチの定期を聴いたときに実情を知ってるだけあって「あらまー」と思うものはたくさんありました。が、終わった後にはなんとも言えない充実感がありました。めちゃくちゃ上手かった!というわけでもなく、ただ心の中にいつまでも響き渡る余韻がありました。

これは別にフォイヤーの演奏が無味乾燥のものであるとか、感動しないというものではありません。日本でも名立たるプロオケに匹敵するような演奏であると思います。ただ多分、演奏の中身の味が違うのだと思います。いい音でいい演奏をする、というのは必要条件なのか十分条件なのか。そもそも演奏をして感動を得るというのはどういうことなのか、ということをまた考えるようになってしまいました。これは一昨年駒場総務をやり終えてから実感したことでもありました。聞くに堪えない、という演奏も世の中にはあります。それでも泣くほど感動してくれる人がいる。演奏することは何を追究することなのか?答えは人の数だけあるのでしょうか。

とりあえず、いい音で演奏するほうが絶対よい演奏にはなると思います。皆さん合宿がんばってね。ゲストがくるかも。
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2007/03/11(日) 00:08:05 | URL | koguus #-[ 編集]
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